美川憲一裁判。1億円を超える請求の根拠となった「商慣習」とは?

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「美川憲一への2億円超請求裁判始まる」

先週、美川氏の独立で経済的損失を受けたなどとして、元所属事務所エービープロモーションが美川氏と現在の所属事務所ミカワオフィスを訴えている件で、東京地裁で第1回口頭弁論が行われたことがニュースになりました。

ニュースによると、元所属事務所は、美川氏らに対して、衣装代やステージ出演料、編曲にかかった費用その他独立しなければ元所属事務所に入るはずだった収益などを含め合計約2億1446万円を美川氏らに請求したとのことです。

その内訳のうち最も大きな割合を占めるのが、移籍金1億3554万円。元所属事務所は、「芸能界においては、事務所を移籍したり独立したりする際には、過去2年間で得た粗利益を下回らない移籍金を事務所に対して支払うのが商慣習である」として、美川氏が稼いだ粗利益の過去2年間分に相当する1億3554万円もの移籍金を請求しました(*1)。

法律でも契約でもなく、請求の根拠は「商慣習」(*2)。

「何それ?」「そんなものが認められるの?」と、疑問や違和感を持つ方も多いでしょう。

そこで、今回は、「商慣習」についてお話ししたいと思います。

☞ 商慣習とは?

商法1条2項によると、「商事に関し、この法律に定めがない事項については商慣習に従い、商慣習がないときは、民法の定めるところによる」とされています。つまり、法律との優先関係は、商法>商慣習>民法となり、「商慣習」は、実は民法(各種契約のルールや不法行為などが定められている法律)よりも優先するのです。

一般的に、商取引の過程において形成された慣習のことを「商慣習」と呼ぶことがありますが、商法1条でいう「商慣習」にあたるためには、単に慣習があるというだけでは足りず、その慣習が法規範として認められる程度に至ったと認められる必要があり、現実に認められているものはそれほど多くありません。

☞ これまで「商慣習」が問題となったケース

(1)  映画の脚本家・監督に対する二次利用の報酬

いわゆるエンタメ業界においては、一昔前、「スウィートホーム」という日本のホラー映画が製作され、劇場公開(1989年)されました。その後に、その映画のビデオ化やテレビ放送などの二次利用がなされた際に、その映画の脚本家兼監督が、映画プロデューサーに対して、慣習を根拠に、映画の二次利用の小売価格の1.75%にあたる(映画の劇場公開分以外の)追加報酬の支払いを求めて、訴えを提起しました。

具体的には、この脚本家兼監督は、「脚本については、脚本家団体と映画製作者連盟との間において、ビデオの小売価格の1.75%を脚本家に支払う旨の団体協定が結ばれており、同様に、映画監督協会と映画製作者連盟の間でも、ビデオの小売価格の1.75%を脚本家に支払う旨の団体協定が結ばれているが、それは、今回のように、両者が団体や協会に加入していない場合でも、同じくビデオの小売価格の1.75%の追加報酬を支払うことが慣習となっている」(筆者要約)と主張しました。

これに対し、裁判所は、「慣習を判断するにあたっては、脚本家団体や映画監督協会に加入していない者も含む映画業界全体における慣習となっていたかどうかで判断する」とした上で、映画業界の収益構造が上映のみで製作費を回収することが難しく、ビデオ化やテレビ放映などの二次利用が重要になっていることや、利益が上がらない場合に映画の出資者や製作者が二次利用によっても製作費を回収できない場合でも、脚本家や監督が追加報酬を得られるのは不公平であることなどを総合的に考慮した上で、上記の慣習の主張を認めませんでした(東京地裁平成7年7月31日判決)。

(2)  家賃の更新料

もう少し身近なケースでいうと、約2年前、更新料を支払う旨の契約書上の条項がない土地の賃貸借契約において、貸主が、更新料の支払いを拒む借り主に対して、更新料の支払いが商慣習であることを根拠に、更新料の支払いを求めて訴えを提起しました。

これに対し、裁判所は、「たしかに、調査対象となった土地賃貸借の事例257件の95%にあたる243件で更新料が支払われていた事実があるが、そのうち、賃貸借契約書に更新料支払の記載がなく更新料支払いの合意がないにもかかわらず、更新料支払の事実があったのは、わずか11件のみ。したがって、賃貸借契約書などによって更新料支払の合意がなされていない場合には、更新料を支払う商慣習は認められない」(筆者要約)と判断し、貸主の請求を認めませんでした(東京地裁平成24年12月20日判決)。

☞ 今回のケースでは?

美川氏と元所属事務所との間では、契約期間が定められておらず、それどころか、契約書や口約束すら交わされていないとのことです(*3)。

そうすると、移籍金を支払う旨の商慣習の主張が認められるか否かを判断するにあたっては、先ほどの裁判所の判断枠組みで考えれば、タレントが独立した場合で、タレントと元所属事務所の間で何ら契約期間や移籍金について合意がないにもかかわらず、タレントが元所属事務所に対して移籍金を支払うケースがどの程度あるのかについて、芸能業界特有の収益構造や、移籍金を支払うことの合理性などが大きな判断要素になり、かかる場合に移籍金を支払うのが確立した慣習だと裁判所が判断すれば、商慣習に基づく移籍金の主張が認められる可能性もあり得ます。

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この裁判で、もし商慣習に基づく移籍金の請求が認められることになれば、芸能界のみにとどまらず、エンターテイメント業界全体の反響も大きいかと思います。今後の裁判の行方には是非注目を!

(*1)現時点で報道されている事実を前提にしています。訴状の確認はしていませんので、詳細は異なる可能性があります点はご了承ください。

(*2)もし、元所属事務所が、「移籍金を支払う商慣習があるから、美川憲一と元所属事務所との間には、移籍金を支払う黙示の合意がある」と主張した場合には、黙示の合意に基づく請求となり、商慣習に基づく請求とはなりません。この場合は、そのような合意があったかが争点となります。

(*3)移籍金は、プロスポーツ業界などでよく見られ、選手が所属する団体との契約期間中に選手が所属団体を変更・移籍する場合に、元所属団体としては、残りの契約期間中に選手が移籍しなければ元事務所が稼いだはずのお金を損してしまうので、その損失をカバーするお金もしくは違約金として位置付けられます。本件においても、タレントが移籍・独立しなければ元所属事務所が稼いだはずのお金という考え方で請求がなされている点は同様ですが、本件では、タレントと所属事務所との間で、契約期間や違約金に関する合意がなされていないことから、合意に基づく請求ではなく、商慣習に基づく請求が問題になっています。